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2007年1月24日 (水)

投与スタートから7年

大寒から狙いどおりって感じの寒さになったなりね〜みなさん体調は大丈夫なりか?
とは言っても雪の気配はまだ無いし、昨年はグレースじじが亡くなった1月10日も早朝から雪は降っていたんだよね〜。ほんと暖冬であります。

さて、本日今年入って2回目の投与であります。昨年4月、Shi-マンの通学生活が始まってからは、たかやんも午後休暇を取ってもらい家族4人での投与通いを続けているなり。早いものでもう7年が経過。我輩も37歳であります^^;

投与がスタートした頃は、Beたん2歳半、Shi-マンは4ヶ月でありました。投与時間も今の倍以上をかけてゆっくりしていたし、オムツが取れないBeたんや、ミルク飲み人形であったShi-マンに必要な物を大きなバックに詰め込んで出かけておりました。付き添いもたかやん、グレースばば、グレースじじ、みーたんと入れ替わりで協力してくれて、今思うと無理なお願いをしていたな〜と反省であります。我輩以外は皆仕事を持ってたからね。でも当時は、感謝の心よりも、とにかく誰でもいいから助けて!という切羽詰まった状態でありました。身近な同居の両親には、お願いする事は無かった。同居の義父は規則正しい生活を崩す事が出来ない人だったし、同居の義母は子供たちの難病を親戚に隠そうとした事があったからでやんす。病気=身内の恥 みたいにね。だから子供たちの存在を否定された我輩は怒り爆発寸前で押さえて、爆発させる事は無かったけどね(笑)とまあ、ちょっと当時の事を愚痴っておく( ̄∇ ̄;)

病院では当時からビデオマニアであったBeたん(当時はトーマスにハマってました)は長時間の投与の間中1〜2本のビデオ鑑賞をしながら今も変わらずカウチポテト族となっていた。Shi-マンはそうはいかず、点滴のラインを引き抜こうとしたり、泣き出す事も多々あったので、投与が終わるまでの間はず〜っと抱っこポーチを使って抱っこを続けておりました。

点滴ラインの確保にも、医師や看護士さんのやり易い方法という事で、我輩も加勢してBeたんは体や手足を押さえていたし、Shi-マンはす巻き帯で定置網漁のマグロ状態になっていたし(笑)泣くのは毎度のあたりまえ行事。我輩は鬼のごとく「泣くな!」と叱っていたせいか、今では叱られたり、喧嘩などで泣く時は声を出さず涙だけ流す妙技を会得してしまいました^^;

あれから7年。今では子供たちも自主的に処置室に行くようになったし、ライン確保にも補助が必要な程になったし、痛みにも我慢出来るようになったなり。2週間に1回として年間26回を7年2ヶ月行ったので、186回も点滴をした計算となる。今の治療法から新しい治療法が確立されるまで、後どれぐらい続けて行く事になるんだろう?子供たちは良く頑張っていまする。我輩も出来るだけ治療に関しては付き添いを続けて行こうと思うなり。 そのうち自己管理をしていくようになると、治療へも自分達で行くようにならなくちゃね。それまでに新しい治療法が確立される事を祈るしかないっす。現実は厳しい。少子化、医師不足、子供たちの環境は悪くなるばかり。そんな中でも、頑張ってくださっている先生方へも感謝であります。日本国内で頑張って欲しいなり。

さて、これから投与へ行ってきまする。今日は久々我輩と3人で(^^)/

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