早瀬憲太郎さん講演会
開催されますた早瀬憲太郎さん講演会
当日は、ろう学校のShi-マンの同級生の親御さん3名もご一緒に参加
朝Shi-マンを学校に送ったその足で地元船橋へUターン
午前9時45分に会場へ到着。そして講演会担当のKさんと一緒に早瀬さん登場。
昨年9月代々木で開催された「全国ろう児の集い」の時にお目にかかって以来である。少しスリムになられたようで、我輩は羨ましい気持ちになりました(笑)
昨年のこの集いでお目にかかった事を手話で少しさせてもらい、テレビでも拝見しましたよ〜とお伝えしたなり。
そして一応司会は承諾したものの、当日手話通訳もしてくれるようだったので、安心してたんだけど、Kさん曰く「通訳はいらないでしょ〜大丈夫!」と何の根拠も無く手話通訳却下( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
という事で、早瀬さんの紹介は色々文章では考えていたんだけど、ヘタ糞な手話で超簡単に紹介させてもらったなりY(>_<、)Y ヒェェ!
講演会では、早瀬さんの育ってきた環境や、ろうの歴史、健聴者とのギャップなど色々な事を教えてもらったなり。幼少期から普通に使ってきた日常手話。そして健聴者の世界での意思疎通のギャップ。ろう児を支えている学校の教員の事。時には、面白可笑しく、時には、真剣に。手話表現もズブの素人の我輩が見てもわかるような素晴らしいメリハリのあるもので、我輩も将来的には、早瀬さんのような手話が出来るようになりたいの〜と思った次第であります。
■ろうの歴史■
ろうの歴史を聞いた時、頭をよぎったのが、「治療薬が無い時代を知らない患者と家族達」とか「戦争を知らない子供達」であった。
・ろうの方々のご苦労があり、今のような環境がある。
・治療薬の無い時代のご苦労があり、今のような環境がある。
・戦争でのご苦労があり、今のような環境がある。
我輩は上記の全てにおいて「知らない人」である。かと言ってそのご苦労をないがしろにしている訳ではないが、現在においてないがしろにされがちな風潮にあると思うなり。「そんな苦労があったんだ〜だから何?」って感じでね。確かに過去の苦労を称えよとか、同じ苦労をしろとか、強制するような事では無いかもしれないが、苦労されてきた方々がいたからこそ今自分達はいい環境で生活出来ているわけである。(まだまだ改善しなくてはならない事も多々あるけどね)
その恩返しではないが、少しは自分達も何かに協力しようとは考え無いのかな〜って思うなり。過去の事は関係ないし、「今は問題無いでしょ」って思いで生きている人が大半を占めてるよな〜って。ろうの事やゴーシェの事はまだまだ身近な問題だから我輩も協力せねばって気持ちになるけど、戦争となると、「今は問題無いでしょ」の部類に入ってしまうかもしれないっす。これは反省しなくちゃならないけど、何かに協力とは言っても何をすればって状態になるのかな〜?
ゴーシェも、ろうも、何をすればになるんだろうな〜。
我輩が難病の世界に入って早いもんで7年、難聴・ろうの世界に入って2年になりまする。Beたんが生まれた時には、ゴーシェも国内での治療薬が承認されていたし、Shi-マンが難聴になった時には、指文字も手話もあったしね。戦争ははるか彼方の事、総司令官が生まれる前の出来事であります。だんだんと年を重ねるごとに昔の苦労は考える人が少なくなってくるんだろうな〜って感じておりまする。
昔の事だからではなく、昔の事だからしっかりと背景を学び、今の自分達がどれだけ幸せかと実感する事で、優しい気持ちを持ち続けてくれたらな〜って思いまする。だから今を生きている我輩達は、過去の事を恩着せがましくではなく、次の世代へ語り続けなくてはならないな〜って思いまする。
(! ̄  ̄)ちょっとエラそうな事を書いてしまったなりね〜(苦笑)みなさんは、このような過去の事をどのように受け止められているなりか〜?
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