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2006年1月31日 (火)

I love ケンタ君

LSD研究会の英文翻訳をしてくれたケンタマン!感謝であります。アップしてありますゆえ、御覧下さい。
注※表題のケンタ君とケンタマンは別人であります^^;

今日は久々〜に暖かい千葉であります。でも明日から又天気悪いんだよね〜^^; 寒さが腰にこたえまする(ババ?)

今学期に入って始めて帰園時間の2時にShiーマンのお迎えに行った。昨年から毎日のように「今日はお迎え〜」攻撃をされている。朝バスに乗り込み手を振りながら出発を見送る時も車内から「お迎え〜」の手話をしてくるなり(苦笑) バス待ちの時にも、家を出る時にも「今日お迎え〜」と言ってくる。「今日はお仕事だから無理だよ〜」と手話るも、「時間外でもいいからお迎え〜」とリクエスト^^; 何でお迎えがいいのか聞くと「バスは遅いから嫌い」らしい(笑) 時間外の方がよっぽど遅いと思うんだけどね

今学期に入ってからShiーマンが誰かにチューをしているらしい事が判明。その名も「ケンタ君!」 「今日はケンタ君にチューしたの〜(*^^*)」と嬉しそうに話す事が頻繁にあり、「Shiーマンがベルで、ケンタ君が野獣なの」(by美女と野獣)とか、「ケンタ君と結婚式するの〜」とか「ケンタ君のお家にお泊まりに行くの〜」とか( ̄∇ ̄;) 

年長の今時期になり、彼女もようやく色気づいてきたようであるが、「そのうちね」と言うと、カウントダウンが始まってしまうので、彼女には夢を見せる事はせず、「結婚は大人になってからだよ〜」とか「男の子のお友達のお家にはお泊まりはダメなの、女の子のお友達のお家だけ。大人になったら男の子のお家に行ってもいいからね。それまで我慢だよ」と手話で説明すると、まだまだ素直な彼女は納得してくれている^^;

そして、今日お迎えに行った時に年中さんの時に同じクラスだったお母さんと話す機会があり、「うちの子に幼稚園で誰が好きなの?と聞くとShiーマンちゃんだって言ってたんですよ〜。何処が好きかって聞いたら 可愛い所だって言ってました。」と衝撃の事実を聞かせてもらった。「告白しなよ〜」とせっついてるらしい^^; で、ケンタ君の話しをすると「あぁ〜そうなんですか、ショック受けちゃいそうだから、内緒内緒」と(爆笑)

もうじきバレンタインなりね〜今年はShiーマンのチョコも用意する必要があるかもしれないなり〜
(! ̄  ̄)

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2006年1月30日 (月)

色々考慮

あっという間に1月も終わり、寒さも厳しくなりました。皆さん体調は大丈夫なりか〜?いろんな方々から父ちゃんの事でお気遣い頂いており、本当に申し訳ないっす。皆さんが思われているように気落ちしたり、悲しみに暮れているという事は無く、日常を過しております。御心配おかけしたなり〜
m(_ _)mとりあえず、色々と一段落したのでサポート活動再開したなり〜。皆さん気兼ねなくどうぞであります。

さて、前々回の「つぶやき」にて書いた足首の手術の件ですが、他の病院でも見てもらい、いろんな先生の意見を聞いてから今後の対応を考える事にした。指摘された足首の箇所とは反対側の、くるぶしの外がパッキンと音をたてて戻るようになったからである。それに、3月の上旬にはShiーマン関係で動く事も多々ありそうなので、早急に対応しなくては、歩けなくなるという事も無いし、担当医からも我輩の判断にという事であったため、延期する事にした。

そして、4月から始まるShiーマンとの通学であるが、1月24日にあった体験入学時の説明では、「Shiーマンちゃんが一番良い方法で通学してください、しばらくは車で来られても大丈夫です。」との事である。なので、1学期学校生活に慣れるまでは、週に1〜2回程度電車通学にして車通学優先にしようかと思っているなり。電車通学なら片道1時間半〜2時間程度と予測しているし、車なら40分〜1時間で行くので、2年間付添いで通学し、3学年からは1人で通学出来るようになれば良いので、しばらくそうしようかと思うなり。 それにしても現在は、8時30分に起床すれば間に合う幼稚園生活から、5時〜6時に起床するようになる学校生活。Shiーマンのリズムも少しずつ整えなくてはならないなりね〜^^;

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2006年1月24日 (火)

やっぱりキュード

今日も一段と冷え込んだ関東なり。おかげで、雪が全然溶けない^^; 今月一杯残るかもしれんの〜

さて、本日は幼稚園を公欠しShiーマンの入学体験として、千葉県千葉聾学校へ行ってきたなり。体験20分前には到着して玄関を入ると「学校体験は○○へ」と立て看板があり、作法室らしき部屋で待機。Shiーマンは「勉強するの」と、「高」に挑戦。象形文字みたいで、二人で笑いながら自習状態が続いた。

それから、正装の方が数名来られた。「体験なのに正装?我輩普段着(汗)」そして待つ事1時間、途中校長らしき方が何度か来られたので、「体験入学の〜」と声を掛けると待機場所が間違いだった事が判明。体験は終わりに近い状態、ようやく小学部の先生と対面、Shiーマンは子供達だけのクラスに行って遊び始めた(苦笑)

先生と簡単な話が終わり、待機中の保護者と対面、新参者の我輩はG-Houseの名刺を渡し簡単な挨拶、子供達を迎えに行く時間となった。

遊んでいるのを教室の外から覗いてみると...やっぱりキュード法にて先生は子供達と会話をしていた。
※キュード法
口話を覚えるための補助的なもので、人差し指をあごに当てると「あ」行、鼻に指を当てると「な」行で、口の開け方で「あいうえお」「なにぬねの」と区別し、五十音を発音と共に覚える方法


Shiーマンは、すでに指文字50音取得と手話の学習中である。本来キュードは必要ないと思うのだが、千葉聾の幼稚部や通園している子供達は、キュードにて会話をしている。手話を知らないので、友達と会話が成り立たない。従って少数派が多数派に合わせなくてはならず、Shiーマンもキュードを覚えなくてはノ仕方ないっすね〜^^;

体験後、他の保護者から「指文字覚えてるのに、もったいないね〜」とか「もう手話が出来るんですね〜」と、言われた。口話重視の学校は必ずキュード法必須。Shiーマンも現在話せている日本語の発音を忘れない為にも必要かもしれない。でもキュードは何か味けない気がする。手話だと、顔の表情とか、手話のスピードとかで、感情が読み取れるように思うなり。

健聴者社会では、口話が出来た方が有利だろう。千葉聾学校へ行くと決めたのだが、Shiーマンにとって良いのか悪いのか、我輩も良くわからないんでやんす〜~(-~-;)~

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2006年1月21日 (土)

2度目の積雪

降ったなりね〜積もったなりね〜今年で2度目父ちゃんが亡くなった日から11日目である。じじぃ〜が降らせたかな(笑)

さて、本日は午後より難病の子ども支援全国ネットの定例会であった。が、ドカ雪により車で行っても良かったんだけど、事故を起こしたり遭遇したりと危険が一杯だったので、今日は欠席したなり。

で、今日は週に一度のBeたんのプールデーだったのだが、たかやんに御願いして我輩はShiーマンと雪遊びをする事になった。プール前にBeたんは1人長靴スキージャンバーで1時間程雪を堪能していたなり(笑)

下に降りて早々とりあえず、ガレージ前と玄関先の雪掻きをして身体を暖める(笑)掻いても掻いても積もる雪、断念しました。で、Shiーマンに雪だるま〜と言われたので、高さ50cmぐらいの雪だるまを作成。素手での作成だったので、「はぁ〜」と手を暖めながら「子供の為じゃ〜」と気合い入れたなり。Shiーマンもミニスコップで雪を集めてきて、手伝ってくれました。
今年も雪だるまのパーツは義母が散乱させている植木鉢から失敬(笑)
たまには、役に立つようである( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
完成後にShiーマンとツーショット! 作成した場所がガレージの出入り口付近だったので、たかやんの車が帰ってきて破壊されても寂しいので、雪掻きスコップにて、玄関前へ移動。

その間Shiーマンは、寒さもものともせず、雪の中に座り込み、何やら雪を集めてボールを作成しておりました(^-^;
我輩は雪景色での自宅を撮影。ガレージでとかは撮影した事はあったのだが、本当に新築後初めて全体を撮影したなり。ってこれはどうでもいい事なり^^;

積雪に馴れない関東人は、ちょっとの雪でもケガをするようで、ニュースでもあったように死者も出てしまったとか。それに新潟の方々の事を考えると安易に楽しむのもどうかと思ったりするけれど、滅多に積もらないから楽しんでいいんだよね〜?^^;
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2006年1月18日 (水)

古傷のその後

今週から日常がスタート。父ちゃんの葬儀などで冬休みが1週間延長したような状態だったので、部屋は洗濯物の山だったり(苦笑)なんとか解消できております。

さて、我輩実は捻挫マンである。中学1年の頃、バスケをしていてやったのが、最初。当時は3階建てのマンションに住んでいたのだが、階段も登れない程ゲンコツ大に腫れた足首。そういえば、父ちゃんにおんぶしてもらったんだよな〜^^; で、それから軟式テニス、陸上の槍投げなど、足首に負担をかけるスポーツばかりしていたので何度となく捻挫を繰返し、20才を過ぎた頃には両足首ボロボロ状態で、25才の時に蘇我駅近くの川鉄病院にて左足首の外側靭帯補強手術及び内側軟骨除去をした事がある。術後は多少の捻挫はあったものの、空手をしていた事も奏して深刻な状態にはなっていなかった。

それから、10年の歳月を経て昨年10月中旬に後ろ向きに歩いていた時に段差がわからず、左足首を久々に捻挫。かなり酷く捻ったので、痛みが治まるまでに1ヶ月半程度を要し、足の甲に水もたまって、現在に至る。 今でも正座を5分でもしようものなら、足首関節が周辺の筋を挟み込んでしまい、立てなくなったり、ふくらはぎに激痛が走る。それを治すのに足首を引っ張ったり回したりと元の位置に戻るまで数時間を要する事も多々あったなり。

来年からShiーマンとの通学ライフを考慮すると、きちんと治しておいた方が良いと思い病院に行く事にした。「船橋整形外科」である。柏レイソルのスポーツドクターもしているところなんだけど、千葉医大のドクターも派遣で来ている結構有名な所っす。で、昨年末にMRIで検査、本日はCTスキャンをした。それが下の画像である。丸で囲ってある箇所の余分な骨が悪さをしているようで、これを取り除く必要がある。 次回2月1日までに手術をするかどうかを決断する必要があるのだが、全身麻酔による内視鏡術で、2泊3日の入院と1週間程度で杖無しになるという。Shiーマンの卒園式も考えると3月頭が一番理想的な日程である。さて、どうしたもんかの〜^^;06

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2006年1月16日 (月)

父ちゃんの子で良かった

父ちゃんの葬儀が終わった。沢山の方々から御香典、弔電、お花を頂き本当に有難うございました。家族を代表して失礼とは思いますが、まずはこの場にてお礼申し上げます。

通夜当日、棺に眠っている父ちゃんはとても安らかな顔をしていた。それなのに、我輩は涙を流す事はなかった。悲しみよりも亡くなった当日と同じく「やっと楽になれたの〜」という気持ちが強かったからである。友人知人も沢山訪れてくれ、涙を流してくれた。有り難い事である。そしてこの日は、線香番をする事になっていた。グレースババには、翌日も喪主として頑張ってもらわなくてはならないので、休んでもらい、mi-tanも限界ヨロシクになっていたので、我輩とおばさんとで寝ずの番をした。父さんの棺に寄り掛かって、いろんな話しをして夜を明かした。

そして翌日の告別式も滞りなく行われた。母ちゃんの挨拶が終わった時には、泣きながらも立派に挨拶をした事に拍手を送りそうになった自分がいたなり。危うく失態を演じるところであった。
そして棺に花を入れていく時に我輩もようやく涙が浮かんできた。父ちゃんとの別れでというよりも、子供達ともう遊べないんだと思ったからである。そして最後に父ちゃんの頭を撫でながら「父さんの子供で良かった。」と口にした途端、涙が溢れだし、止まらなくなった。Beたんも目を真っ赤にしていた。そして棺の蓋を皆でした途端Shiーマンも涙をポロポロと流し始めた。「グレースジジと遊べないから寂しいね〜」と手話ると、こくんとうなずきShiーマンを抱き締めてやった。

そして火葬場で最後のお別れをし、炉の中に棺が入り、ドアが閉まった途端に我輩も声を出して号泣してしまった。父ちゃんとの本当にお別れ。子供達との思い出をもっと沢山作ってほしかった。

父ちゃんが出て来るまでの間父ちゃんが一番輝いていた時の仕事仲間(株)東通の方と父ちゃんの事を色々と話した。専属ドライバーだった父ちゃんはマラソンなどの中継車の運転や先導車にも乗る事があり、テレビにも何度となく映った事や、2時間ドラマのエキストラで出演した事など、懐かしい思い出であったなり。

父ちゃんを思い大いに泣き大いに笑えた本当にいい葬儀だったと思う。グレースジジよ、安らかに眠ってくだされ。母さんや子供達を見守っていてね〜
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2006年1月10日 (火)

初冠雪と共に戦士の休息

今朝は早く寝たわけでもなく、目覚ましをかけたわけでもないのに、朝4時頃目が覚めた。いつもは2度寝をするのに(笑)すっかり忘れていたShiーマンの「冬休みのしおり」の作成をしていた。そんでたかやんも4時半頃起きてきた!「腹減って目が覚めた」とな(爆) でおやつを口にし、寝に戻ったなり。 そんで先日購入した「バイオ4」を1時間半ぐらいやっていたんだけど、急に室内が冷え込んできたので、外を見ると初冠雪!思わずデジカメに納めたなり。

丁度6時頃に、雪が降ってるね〜と実家の母ちゃんに電話しようかな〜と何故か思った。で、そろそろたかやんの弁当を〜と思っていた矢先に実家の母ちゃんから電話「お父さん容態が急変したから」と...車で40分くらいの病院へ向かった。

グレースジジの鼓動は途切れていた。闘病の介なく細くなった身体の父ちゃんを目の前にしても、今回も同居の義父の死と同じく涙は浮かんで来ず、父ちゃんの頭を撫でながら、涙ぐんでいる母ちゃんとmi^tanとは反対に我輩は微笑んでいた。苦境の中頑張っていた父ちゃんに、逝ってしまった悲しみよりも「お疲れ様でした」という気持ちの方が強かった。でも、我輩の本心はどうなんじゃろうの〜?自分でも良くわからないっす。(苦笑)

父ちゃんには、海、川、山など自然とのふれあい方を教わった。素潜り、釣り、植物や昆虫の事など、そのおかげで、今我輩も子供達にいろんな事を学ばせる事が出来ている。都会の子供では体験出来ないようなワイルドさを身につける事が出来た。そしてBeたんやShiーマンには本当に良き祖父であった。どんなに自分が疲れていても子供達に付添ってくれたし、自分よりも子供達の事を思って協力してくれた。難病の事やShiーマンの失聴には、「何でなんだよ!」「オレの耳をやれないのか〜」と本当に辛い思いをさせてしまったが、そんな子供達の事も愛してくれた父ちゃんに感謝で一杯である。

橋本紀昭 享年64才本当に早すぎる死であった。子供達の成長していく姿を見て欲しかった。けど、やっと肉体的にも精神的にも苦しみから解放され、休息出来たんだと思えば残された者の思いはどうでも良いのかなと思ったりしている。寂しいけどね。

という事なので、サポート関係はお休みさせて頂きます。
お通夜12日 告別式13日 場所セレモ船橋駅北口ホール

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2006年1月 8日 (日)

ウォーキング?

お知らせから〜 第11回LSD研究会の抄録をアップしました。協力してくれたピヨッチ!!本当にお疲れ様&感謝なり〜

さて、昨日になりますが、目の前にある習志野自衛隊の初降下が行われ同居の義母が子供達といとこの子を連れて行ってくれました。そして帰宅してから夕方近くまでBeたんと自宅で遊んでいたので、「びっくりドンキー」(ハンバーグ屋)へ外食に出かけた。

その前にいとこのふみ君(4年生)のチャリがある。夜遅くに危ないからという事で、我輩が姉さん宅まで子供チャリで行く事になった^^;一応マウンテンバイク用のタイヤなので、●●kgの我輩が乗ってもビクともしない(内心ホッ)が、子供チャリである。ペダルの径がかなり小さいので、もも上げしながら運転してる感じ(苦笑)不審者扱いされないように、ひと気の無い道路をスタコラ走って到着しました^^;

その後食事が終わろうかという時に「歩いて帰るか?」という事になり前回夏のバーミヤン以来のBeたんと自宅までウォーキングとなった。

今日の船橋もかな〜り寒い!!が「今日の運動じゃ〜」と言い聞かせてスタートしたなり。途中「ここは何の店でしょう?」クイズをやりながら進んで行くと何故かポケバイが置いてる自転車屋。「Be乗りて〜」と眺めておりました。びっくりドンキーから1km程歩いたところに踏切と駅があり丁度新京成線が通過するところであった「電車乗るか?」の言葉にBeたん大はしゃぎ(笑)普段車が多いからの〜^^;で、1区間だけだが、電車に乗り北習志野駅で下車、そこから又開始したなり。

歩いている途中に空のペットボトル発見!「こりゃ〜いかん!!」とBeたん速攻で拾いゴミ箱のある所まで持ち歩く事に(笑)教えた訳でも無いのに、善い子である^^; ほどなく公園の中程にゴミ箱発見!「ほらっ捨ててこい」と言うも「こえ〜から一緒に行こうよ〜」と(笑)途中まで一緒にいき、後5m程という所で我輩は松の木に隠れた「ママ〜Y(>_<、)Y」とビビってました(笑)無事ゴミ箱へ捨ててから途中にある「GEO」(レンタル屋)へ寄ってウルトラマンのビデオ2本とShi-マン用のアニメ2本と、バイオハザード4の中古を購入して無事帰宅しました。 実に3kmの道のりでありましたが、今日はBeたんも転ぶ事なく(笑)楽しいウォーキングとなったなり〜

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2006年1月 7日 (土)

今日も行ってきたなり〜

三連休の初日本当は今日からファミリースキーに行く予定であったが、実家の父ちゃんがいつ何時危篤になるとは限らないので、中止になり、何処へも行かず家でのんびりと思っていたなり。

夕方から用事はあったのだが、時間が取れたので、たかやんに子供たちをお願いし、泳ぎに行ってきますた。
午後の夕方までの時間は、クラブに通う子供達の練習時間となっているので、大人の泳者はほとんど避けている時間帯なので、いつもガラガラになっている。ガンガン泳ぐ我が輩には丁度いい空き具合である。

昨日の疲労を感じつつも、泳ぎ始めた、とりあえず500m それから、バタフライ・背泳・平泳ぎを100mずつと、キックの練習で200m、ドルフィンキックでの潜水からクロールを200m程、計1200m。今日も目標達成したなり。

少し休憩している時に同じコースで泳いでいた女性から声をかけられた「いつもすっごい勢いで泳がれてますよね〜 海とかで泳いでるんですか〜」と(^-^; 小学生の頃選手だった事とか、巣潜りしてましたとか、自分を追込まないと駄目なんですよ〜など話をしたんだけど「あの泳ぎ方は海での泳ぎですよ〜」と何が根拠で言われているのわからないんだけど、ガンガン泳ぐ姿が珍しいのか(笑)それに誉めてるんだかどうだか(苦笑)話すわけでもなく、泳いでいるだけなのに、やっぱり目立ってしまうようなりね〜o( _ _ )o

その後クロールで300程ちんたら泳いでいる時に年配の男性がその女性に色々と口うるさく指導していた。やれやれ、知ったかじいさん登場だぜ!って感じなり。大人はある程度泳ぎを覚えると自分で一番楽なフォームで泳げるようになる。そして、その泳ぎを強制するのは、本人の自覚なくしては難しいのである。(一応元コーチ)だから選手でも無い限りは良いのではと思いながら、ガミガミ言われている女性が可哀想に思えたなり。

知ったか爺さんがいなくなってから、泳ぎについて質問をされたので、ちょっとしたアドバイスをさせてもらった。だが一応コーチだったとはいえ、まだまだ自分の泳ぎ方には満足していない。もっと向上したいとは思うんだけどね〜。それは子供達がもうちょっと大きくなってからでも良いかと思うなり。
とりあえず、継続!したいと思う本年であります。「続かね〜よ」と後ろからたかやんがつぶやきそうなんだけどね(笑)

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2006年1月 6日 (金)

初泳ぎ

今日から学校が始まったBeたん、いつもよりちょっと早く起こして定番のなったまご飯(納豆&卵かけ)を食べて元気に登校していきました。とはいっても今日は陽が照る事も少なく本当に寒い1日であったの〜
我輩は昨夜急ぎの仕事に追われていたので、徹夜での作業をし、Beたんを送り出してから睡眠に入った。Shi-マンを同居の義母に御願いしてBeたん帰宅まで爆睡しておりました^^;

さて、今日は午後からNASのプール。毎週土曜日はBeたんのコースであるが、明日の振替を今日にして、我輩も一緒に泳いできたなり。が、外は本当に寒くて駐車場からプールまでそんなに距離は無いものの、途中で行くのやめようかと思った程なり(苦笑)

毎回泳ぎに行ってやる事を決めてある1000mは必ず泳ぐという取り決めを今日も実行すべくガンガン泳ぎ1300m。競泳選手は1日に1万mは泳ぐらしいが、ほんと我が輩はその1/10でヘロヘロになってしまう;^^ 現役時代(とは行っても小学生の選手時代)でも4000mは泳いでいたんだよな〜若さゆえである。まあ、そのぐらい泳がないと力も付かないしね。

我が輩はさておき、当のBeたんである。今日は大好きな先生(やさしいんだなこれが)だったので、先生の説明もきちんと聞いていたようである。彼は今クロールの練習中なり。だいぶ様になってきたが、息継ぎをしなければである(笑)息継ぎは力が入ると本当に瀕死の泳者となるので、そのコツを掴むまではもうちょっと時間がかかるだろうの〜

Beたんの順番待ちに目が合ったので、潜れと合図をし、コース越しに潜って変な顔をしたり、隣のコーチの尻に浣腸する真似をしたりと、ギャラリーの親では味わえない親子での共有時間を楽しんだなり。

今年はもっと泳ぎに行く時間を捻出しなくてはの〜と思う程、今キーボードを打ちながら疲労感にボヘ〜としている我が輩である(笑)06

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2006年1月 4日 (水)

手話翻訳

あけおめである。冬休みモードから脱出しなくてはと思いつつも、まだまだ抜け切れない我輩であります。明後日からBeたんは学校が始まるし、そろそろ体内時計を戻さなくてはの〜~(-~-;)~

Shi-マンの幼稚園では積極的に手話関連のものを取入れてくれて大変有り難い幼稚園である事は前にも触れた事はある。Shi-マンんが5年間生きていた聴力から獲得した口話があり、又口話を読む力も持っている事から健聴者が足りない手話を取入れて行こうと協力してくれているのかと思うなり。

さて、昨年12月21日にShi-マンの担任から「この歌を手話でやりたいので、手話に訳して下さい。明日までに〜」と冬休み前に大きな宿題を出された^^; 
歌はNHK教育テレビの人気アニメ「忍たま乱太郎」のエンディング曲「世界がひとつになるまで」
とNHKおかあさんといっしょの「あしたははれる」の2曲である。
実のところ、この2曲聞いた事がない曲で(笑)頂いたカセットをエンドレス状態でまず覚える事から始めなければならなかった。「世界が〜」はサビの部分は手話ソングの本にも出ていたので、そのサビ以外のところとは言っても全部に等しい状態である。そして「あした〜」は短い歌ではあるが、これも全部である(汗)

我輩の手話は財団法人全日本聾唖連盟出版局の辞書を元に独学だし、日本語対応手話だし、完璧な手話とは言えない....だが出来る限りの事はと思い、歌詞通りの手話ではなく、園児でもやり易いように簡単な手話を用いて翻訳させてもらった。

翻訳した歌を覚えて翌日の終業後に我輩の手話のビデオ撮影...担任の先生は冬休み中にDVDに書込んだものでマスターを目指し、年明けからは子供達にビデオを見せて練習するそうなり。 ろうの方々が見たら「この手話違うよ」と指摘されるだろうが、時間も無かったので、今度聞いてみようかと思うなり。

ほんと日本語って複雑じゃの〜と改めて実感!こんな複雑な表現の多い日本語を視覚だけで覚えなくてはならないろうあの方々は本当に大変な苦労をされているのだろう。日本語も日本で生きていく為には大事だけど、まずはコミュニケーションが出来るように手話をと願っている事は本当であったと実感出来た瞬間でもあったなり。Shi-マン!我輩と頑張って行こうな〜(^ー^)

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