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2004年11月30日 (火)

マイペース

Beたんの通う小学校でマラソン大会が行われた。我輩が幼少の頃も「耐寒訓練」として寒い中半袖ブルマーで頬を真っ赤にしながらマラソンの練習をしていた。それもかなりの期間で^^; 昔は子供にとっても耐える時代だったよな〜

Beたんが通っている学校では、11月の下旬からマラソン大会当日までたった4日程度の練習があっただけである。途中1日だけ練習をしようと昇降口を出た途端、練習前なのに、転んで両膝小僧に擦り傷を作って来た事はあったものの、休む事なく参加出来た。そしてマラソン大会の予行練習なんてのもやったみたいで、一学年男子の中で「51番」というカードをもらってきた。「女の子を抜かしたんだよ〜」と得意げに言っていたので、運動があまり得意でないBeたんだが、がんばったんだな〜と嬉しい気持ちであった。又担任の先生からも練習中は歩く事なくマイペースを保ちちゃんと最後まで走りますよと聞いていたので、楽しみにしていたなり。

マラソン大会当日、なんちゃって広報委員長である我輩は、当日学校の外周を走る子供達が事故に会わないように黄色い旗を持って交通整理をする事になっていた。その場所が写真の一番上のものである。一年生男子がスタートし、集団がやってきた。「頑張れ〜」と声をかけながらBeたんを探す....が、何処にも見当たらない、探しはぐったかな〜と思って集団が見えなくなった頃に教務主任の先生と一緒の男児が走ってきた。Beたんである( ̄∇ ̄;)
Beたんは、マラソンを楽しんでいた。集団にいた子供達は必死になって走っていたのに、なんとマイペースな事か(笑)でもとても嬉しかったなり〜。

そしてラストは校庭を半周ほど走ってゴールになるのだが、まるで1位のランナーのようにだ〜れも走っていないグランドをニコニコしながら走っている「Beたん頑張って〜」と沿道では保護者や高学年の子供達からの声援を受けていた。ある意味Beたんが有名人らしい事が今日判明した(笑)又カメラ目線で我輩に笑顔を向けてゴールまで頑張った。そして大きな拍手に迎えられゴール!結果は57位であった。

ちょっとした段差を両手を付きながらでないと昇降出来なかった頃から見ると少しずつだが成長してるな〜と思ったマラソン大会だったなり〜頑張ってる子供ってのはいいなりね〜(^ー^)
04

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2004年11月23日 (火)

Shi-マンイベントその2

04発表会が終わってまもなく、勤労感謝の日に幼稚毎年恒例の「父親参観日」があった。とは言うものの、参観するのではなく、参加である。保護者と一緒に運動をする日なのである。準備体操・フォークダンス・保護者対抗綱引・親子障害物競争などなど、日常的に運動をしていない保護者にとっては、筋肉痛間違いなしの日である。

いつもならたかやんに任せて我輩は自宅待機をしていたのだが、Shi-マンとの意思の疎通がまだ良くできないたかやんだけに任せておくのはちと不安だったので^^;我輩も同行したなり。

最初はテンションが低いShi-マンでして、たかやんだけが懸命に激しい準備体操をやっており、Shi-マンはずーっと立っているだけであった「何で自分だけ踊りおるんじゃ〜」と内心思いながら次のフォークダンスに。

このフォークダンスもやる気なし、そして泣きだしてしまった^^;その後保護者と園児別々に待機していたときに「何で泣かしよるん」と聞くと転倒してしまったようである。さらに我輩がいるから我輩の方に来ようとしてダメだと言い、しまいには、「あんたちょっと向こう行ってて」とまで言ってきた。

向こうへ行ったにもかかわらず、変わる事ないShi-マン。戻って来たたかやんは「やっぱり意思の疎通が出来ないからね...ブツブツ」と我輩も「ふ〜ん」と怒り爆発寸前になっていて、険悪ムード全開^^;

それからShi-マンをなだめに行き、後半はいい感じで障害物も体操もちゃんとやってくれました。

日常的に指導者であるたかやんは、絶対の自信があったようであるが、わが子はそうはいかないんじゃぞ〜
軍配はめがに上がったのである( ̄ー ̄)ニヤ

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2004年11月20日 (土)

Shi-マンイベントその1

04Shi-マンが通う幼稚園の3大イベントの一つが先週行われた。発表会である。

ご存知の通り運動会直前に聴力がほぼ皆無となったShi-マン。幼稚園にも「迷惑がかかるようなら、発表会当日は欠席でもかまいません」と伝えていた。はたして、どんなものになるか、Shi-マンよりも我輩の方が不安であった。

まずは、「ちゃっちゃ茶畑」という御茶摘みの音楽に合わせての踊りである。幕が上がるとポーズを決めた子供達が現れた。Shi-マンを探すとソデに近いところにいた。そして始まるやいなや、他の子供達と一緒に踊りはじめた。我輩は、感激して涙...ではなく、尊敬の眼でShi-マンの踊りを見つめていた。「聴こえなくても出来るんだ〜!」発表会前の不安な思いを恥じてしまった。聞こえるが為の思いであったという事を。

彼女はある程度おどりはマスターしていたようで、音楽が聴こえなくとも、他の子供達を横目で確認しながら、きちんと合わせて踊っていた。出だしも他の子供に遅れる事なくである。素晴らしい〜!本当に感動したなり〜。最後のキメのポーズもちょっと立ち位置を変えたり、一人前の演者となっていた(笑)

そして、次が劇「ピノキオ」である。これはかなり後半になってから出てきた。ゼペットさんがピノキオを探して海に向かったところである。彼女の役は「魚その1」である(笑)全部で8匹の魚の一匹である。波にゆられてる様を表現するがごとく、両手を腰にあてゆらゆら漂っているだけ(笑)このセリフだけは、教える事が出来なかったようで、Shi-マンを飛ばして他の魚達はセリフを言っていた。Shi-マンもその様を「なにやってるんだろう?」的に見つめていた。
しかし、セリフは無かったものの、Shi-マンである^^;
クジラが出て来たところで、一人驚くマネをしてみたり。誰も知らないであろうピーターパン2に出て来るタコのマネをしてみたり、しまいには「ガオ〜!」と雄叫びをあげるようなジェスチャーをしておりました(笑)人前でも臆する事なくいろんな表現が出来た事は今後の彼女が生活していくうえで、とてもいいものになるだろうと思いました。
自己アピール!誰に似たなりかね〜( ̄∇ ̄;)ハッハッハ

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2004年11月19日 (金)

科学の味

04もうかなり前の話しになるんだけど^^;
今年の子供達の誕生日には手作りケーキに挑戦してみた。それも普通のケーキじゃつまらないと、無謀にも左のようなケーキを作ってみた。何だかわかるなりか〜^^;

Beたんに作ったケーキは、原色が必要であったので、かなり色を作るのに苦労した。食紅をガンガン入れたし、ココアもどっさり入れたなり。ベースが白いホイップクリームだったので、なかなか原色になってくれず、もう調理を通り越して美術の授業状態であった。作成したテーブル脇に元となる写真を用意して、細かいところは爪楊枝なんかも使ったり(笑)普通のケーキでも肩が懲りそうなのに、これにはかなり集中しなければならなかった。

そして、Shi-マンに作ったケーキはかなり苦労した。Shi-マンは夏生まれである。それも七月下旬という事もあり、Beたんとは、打って変わって暑さの中での作業である。そして問題だったのがホイップクリームである。こ奴は暑さにてんで弱いというのを今回痛感したなり。ペイントする先から溶けはじめようと体制を変えてしまうのであった。同じく隣に元になる絵を用意して作業をしていたのだが、とにかく時間との戦いであった。一番大変だったのは、「目」である。黒に白を入れるというのは、本当に超神経ピリピリで子供達に「近寄るな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」と叫びながら作業をした(笑)

で、何だかわかったっすか〜

左がBeたん希望の「仮面ライダーファイズ」( ̄∇ ̄;) 
右がShi-マン希望のディズニーの人魚姫「アリエル」\(o ̄∇ ̄o)/

お世辞にも上手とは言えないが、子供達はすごく喜んでくれた。苦労は報われたって感じなり(笑)。そして夕食後に皆で食したのだが、食紅をガンガン入れたせいで、クリームは科学の味と化していた(笑)それでも、子供達は「ママ〜おいしいよ〜」とけなげにも言ってくれたのである。嬉しいじゃないか(苦笑)

そろそろクリスマスシーズンである。今回はケーキではなくて、サンタさんにクッキーでも作ろうかの〜^^;

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2004年11月15日 (月)

インフルエンザ

あっという間に2週間が経過、酵素補充日である。
今日は毎年やっているインフルエンザの予防接種を御願いした。点滴終了後にやる予定だったのだが、終わってすぐに帰れないのが面倒なので、点滴をセットした矢先にしてもらった。
昨年と違って今年は子供達の我慢度も増したようである。

まず、Shi-マン接種する箇所をしばらく指で強めに押しておいてから打ってもらった。ちょっと半泣きはしたものの、昨年と違い大泣きする事はなかった。でも、「ここの注射はやなの〜」と怒りをあらわにしていた(笑)

そして次にBeたんである。彼は先週から、「月曜日は点滴と一緒にインフルエンザの注射もするからね」と伝えていたのであるが、小学校へ迎えに行ってまもなく「今日はインフルエンザもやります!」と言っていた。2年前のMEGAKID'Sの「いん...?」に比べれば成長したのが伺えます(笑)

接種の時も「痛て〜〜〜〜って思うぐらいちょっと痛いからね。頑張れよ〜」と言いながらだったので、かなりの痛みを覚悟していたようで^^;接種が終わった後に「痛かった?」と聞くと「んん?」と言いながら照れ笑いしていた(笑)かなりの痛みを覚悟させたのが良かったようである。

そして、Beたんとグレースじじは、点滴完了まで別室でビデオ鑑賞しながらカウチポテト状態に。我輩とShi-マンは、耳鼻科へ向かったのである。

Shi-マンが耳鼻科に行くようになってこのパターンで点滴セット後は、別行動をする事にしている。だから毎回同行してくれているグレースじじに感謝である。いつもありがとよ〜(^人^)

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2004年11月12日 (金)

気まずい雰囲気^^;〜TDL

昨夜我輩には本当は使命があった。検査結果の告知である。だが、予想される涙を前に気丈に振る舞う自信が無かったので、2人の使者に御願いした。同居の母には旦那、実家の人々には妹のmi^tanである。帰宅前に近所のファミレスにmi^tanを呼び出し夕食を食べながら検査内容とその結果を話した。そして使命を果たしたmi^tanより電話があり、予想通り総司令官事母ちゃんは号泣したそうな。mi^tanには、本当に辛い思いをさせてしまった。感謝である。

そして本日入院前からShi-マンを迎えに同行すると言っていた総司令官を迎えに実家へ、遅れた事を詫びたが沈黙である^^;
出発前に「お茶買ってから行こうよ」との言葉から近所のコンビニへ、朝食も兼ねてと朝ご飯も購入してくると、カバンの中からゴソゴソとアルミホイルの固まりが

総<「おにぎり作って来たの」
め<「買に行く前に言ってよ〜買ってきちゃったよ〜」

と、この会話からいつもの調子に戻った、ちょっとホッとしたなり(笑)

首都高も順調に進んでいたので、病棟へ行くと丁度朝ご飯スタートの時間であった。到着後Shi-マンの顔側に総司令官が顔を近づけると、恥ずかしそうな顔をしていたが、嬉しそうであった。Shi-マンの付添いを総司令官に任せて帰り支度をする。食べ終わる前に手話で「早く食べ終わったらディズニーランドに行くよ」と伝えるとものすごい笑顔になり、頑張って食べていました。(笑)

帰り支度をしている中昨夜どうなったか聞いてみると、あんだけ寝たにもかかわらず、又爆睡したようである(笑)寂しい思いをした時間が短かったようで、ホッとしたなり。

虎の門小児病棟の看護士さん、スタッフの方々には、大変御世話になりました。毎日子供に合わせて大変かと思いますが、頑張って頂きたいと思います。

病院を後にしたが、あいにくの雨である。夕方からやめばいいかなと思っていたので、一路TDLへ出発!昨夜一睡も出来なかった総司令官はShi-マンを見て安心したのが、到着までの時間やっと寝てくれた。Shi-マンは、朝食を食べた後だというのに、好物のビーフジャーキーを見せると
( ̄ー ̄)ニヤとして、到着までの間ずーっと食べていました。10時近くになってTDLに到着なり〜

TDLの駐車場入口を見るやいなや「グレースババ〜!ディズニーランド着いたよ!!」とでっかい声で起こしておりました。睡眠ハンターである(笑)平日の雨とはいえ、結構な人が来ていたのには驚いたなり。不況知らずのTLDである。今月からクリスマスファンタジーがスタートした事もあるかもしれないなり。

園内に入って早々傘が邪魔になり、3人分のポンチョを購入し、バズのアストロブラスターのFパスを取りに行く。100分待ち程度だったので、土日に比べたら良かったかもしれないが、パスは5時30分であった。そして「コーヒーカップ行くの」とリクエストがあり、待ち時間なく乗れた。超御満悦である(^ー^) その後、キャッスルカルーセルと、白雪姫に乗り、スプラッシュマウンテンのFパスをゲット、こちらも35分待ち程度であった。

その後、「クマとこ行く〜」との事で、カントリーベアーシアターに行く。こちらも待つ事なく、入館出来たし、ガラガラであった。スタートするも、いつものShi-マンの乗りは無かった。当然といえば、当然である。音楽が聞こえないからである。今までは音楽に合わせてスタッフが手拍子を始めると一緒になってしていたのだが、今回は、スポットライトの方向に顔を向けて見ているだけであった。我輩も今回は手拍子はしなかった。今後はこうゆう事も多々経験して行くんだろうな〜と考えていた。楽しみがちょっぴり減ってしまう事を残念に思った。

それから、1時30分頃にお昼を何処に行くか聞くと

「女王陛下!!」( ̄∇ ̄;)

という事で、クイーン・オブ・ハートへ行く。並んで待っている時にShi-マンと同じ歳位の女の子がいた。Shi-マンもすかさずそこに駆け寄り2人でトランプの兵隊の側で遊び始めた。途中女の子がShi-マンの名前を何度も聞いていたようで、Shi-マンが「コショコショ〜」とくすぐる言葉を言っていると、一緒にいたお兄ちゃんは「コショコショって名前なの〜変な名前〜」と言っている事にハッと気が付き慌てて「Shi-マンって言うんだよ〜」と伝えた一緒にいた母さんも聾者である事がわかったようで、終始笑顔で接してくれた。これからも、誤解は沢山出て来るんだろうな〜と考えてしまう時であった。

昼食を終え、外に出ると丁度これからクリスマス・オン・パレードが始まるようで、場所的にも一番後ろで立っても座っても大丈夫な所があったので、そこを確保し、地べたリアンで見る事にした。始まって間もなくサンタクロースがやって来た。Shi-マンもサンタを指差し我輩の方に嬉しそうな顔を向けてきた。「サンタさんにプレゼント御願いしたら?」と手話ると、笑顔が倍増した。大きい声で言うんだよ〜と言ったものの、ただ尊敬の眼で見ているうちに通過してしまった(笑)そしてミッキーやドナルドなどおなじみのキャラが登場する度に我輩の顔を見て「ミッキー」「ドナルド」「デイジー」「チップ」など同じ気持ちを共有している事を確認するように、向けて来た。音は聞こえないけど、キャラクターを目にする事だけで彼女は満足そうにしていた。音の無い世界だけど、目で楽しめるTDLはすごいな〜と思った。

それよりもっと驚いたのが、パレードの最中に手話で「楽しい」とか、「有難う」とかの歌に合わせて手話をしていた事である。総司令官も「あ!今の楽しいの手話だよね」とか言っていた。なんか嬉しくなった。聞こえなくてもキャストを楽しませようとするディズニーの姿勢が嬉しかった。さすがである。

それからスプラッシュ、ウェスタンリバー鉄道、ジャングルクルーズ、アストロブラスターに行って、夜のパレードは観ずに帰宅する事にした。術後という事もあったし、朝も早かったから疲れているだろうと思ったからである。

Shi-マンのおみやげは、何とニモに登場するホオジロザメの「ブルース」のヌイグルミ( ̄∇ ̄;) Beたんには、御買い物グッズとしてバスの腕巻きお財布を購入、ポップコーンを購入してディズニーランドに別れを告げた。車内で出発するとほどなく総司令官とShi-マンは眠りに着き、眠さが限界ヨロシクになりそうになりながら、家路を向かったのであった。

聴こえなくても楽しめる、寝たきりの子供達も楽しめる、どんな障害があっても楽しめる所なんだと改めて実感した久々のTDLであった。又行こうね〜(^ー^)
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2004年11月11日 (木)

検査日〜結果

今日はドキドキの検査日である。朝一番のスタートなので、午前8時までに病院に行く必要があり、自宅を6時ちょい過ぎに出動。前日に購入しておいた菓子パンを車内でぱくつきながら時間10分前に到着。

病室で術着に着替え、硫酸アトロピンという睡眠薬を飲み終えたShi-マンと対面、開口一番「Shi-マン1人で寂しかったよ〜!!」と怒りながら訴えてきた^^;
そしてペンレスという部分麻酔用のシールを両手の甲と手首に貼ってもらいました。その後麻酔科の伊藤先生に麻酔の変更があった事を説明される。全身麻酔ではなく、静注の局所麻酔になったようである。
それから親子喧嘩のスタートである。

その1
麻酔をする事になったので、必要なのが紙オムツ「もう幼稚園だから紙パンツは履かないの〜
(○`ε´○)」これをなだめる事なく、必要である事を必死に訴える我輩。ゴジラ対キングギドラ状態である(苦笑)

その2
「これ暑いから脱ぐ!」と術着を脱ごうとするのを必死で制す。彼女の手話ボキャブラリーがまだ少ないので、後は我輩の表情で訴えていくしかなかった。朝から凄い顔をしていたであろうの〜朝から登場般若である( ̄∇ ̄;)

その3
「こんなのかぶんない!!」術用キャップも断固拒否状態!看護士さんも加勢して頂きかぶせようとするのだが、我輩の手、看護士さんの手おかまいなしに叩き切る!桃太郎侍まっつぁおである(笑)

嫌がるシーマンをよそに強引にストレッチャーに乗せるも喧嘩しながらなので、頑固一徹抵抗し続けて下さいました。そして検査の為の手術室へストレッチャーで向かうも、横になる事をこばみ、あぐらをかいて怒りモード全開でエレベーターへ。同乗していたおじさん達に笑われてしまった^^;
そして手術室前でも怒りはおさまらず、横にさせようとしても断固拒否、座ったままでうつらうつら始まり、もうちょとで寝そうな時に無理矢理横に寝かせた。それでも寝ながら顔はおもいっきり怒っていた(笑)そしてほどなく落ちてくださいました。^^;

今日の検査は 蝸電図検査と、聴神経の電気刺激検査である。一言で言えば人工内耳になっても効果があるかどうかの判定検査である。

9時5分に手術室に向かい、予定では1時間で検査終了後30分の様子を見てから病室に帰って来る予定である。その間な〜んもする事が無いので、今日は「永遠の野原」という漫画本全11巻を読む事にした。
15分で1册読んでいたので、6巻目が終わる頃待合室へ移動し、Shi-マンの到着を待っていた。しかし、一向に帰ってくる様子が無い、仕方なく待合室に漫画本を持込みそこで待機....

予定時刻を30分過ぎた頃に担当医の熊川 孝三医師が現れた。
「今回の検査の結果をお話するのでこちらで」とプレイエリアへ移動した。

話し始めは、ABRの検査内容の結果からであった。そこで、ちょっと悟ってしまった。実施した順番で結果報告してくださっていたのだろうが、なんとなく、ダメだったんだろうという思いが込み上げ涙がとめどなく落ちてきた。そして蝸電図検査結果、聴神経の電気刺激検査結果と続き、涙はとめどなく溢れていった。

現在のShi-マンの聴神経は、ほんの少ししか反応を見せなかったようである。これは、人工内耳をしても環境音さえも少ししかShi-マンは聴こえないという事である。人が話す言葉は聞き取れないとの事である。難病と診断された時よりも難聴と診断された時よりもかなりがっくり来てしまった。熊川医師と話し終わるまで涙はず〜っと止まる事なく流れていた。それでも最後に「はい、しっかり受入れていきます。」と覚悟を決めた。Shi-マンに最善の事をしていこうと....

そして、Shi-マンが帰ってくるまで何かしていないと又涙が出て来そうだったので、「永遠の野原」の続きを黙々と読んでいた。
途中他の子供達を見ている事が出来なくなり、Shi-マンが帰って来るまでの間席を外させてもらい、車内でボーッとタバコを吸い続けた。そしてたかやんにメールを送る。何本吸ったかも覚えていない程立続けに吸っていたような気がする。吸っている間に色々な事を考えたが、考えても仕方ない!受入れて前向きに行こう!と気持ちを切り替えて病棟に戻った。

ほどなくして戻ってきたShi-マンを見ても涙は出て来なかった。「この子の為に頑張ろう!」といつもの調子を取り戻せた事にホッとしたのも事実である。麻酔から覚めるのはいつなのかと思いながら、Shi-マンの横で又黙々と「永遠の野原」を読み続けていた。

前日午前2時に消灯した我輩も悲しみの最中睡魔と格闘していたなり。そしてとうとう4時30分頃限界ヨロシクになり、Shi-マンの横で一緒に添い寝させてもらった。(脳天気な奴?)

それから時刻は午後5時30分になろうとしていた。その間静注による麻酔薬を洗い流すべく点滴をしていた。500mlが終わり追加の500mlをしてもまだ起きない、そしておしっこも一向にする気配が無い^^; 看護士さんから
「ちょっと無理に起こしましょう」
とゆすったり、くすぐったりとしてくださったのに一向に起きる気配が無い
「シリンジでジュースを口に入れれば起きるかも」
と我輩が提案して、持ってきてもらいやってみる...

と、Shi-マン活動開始である。シリンジから舐めていたジュースに吸い付くようになり、1本終わる頃にようやく御目覚めである(笑)そしてコップ半分のジュースを飲んでやっと覚醒!
そして開口一番

「ご飯食べる〜」( ̄o ̄)(笑)

さっきの悲しみよりもShi-マンの頼もしさに笑いが込み上げてきた。昨夜のブドウジュース以来何も食してなかったので、さぞお腹が空いたであろう。ただ、麻酔の後なので、嘔吐する可能性があり、ゆっくり食べさせるように言われていたので気を付けながら夕飯が始まった。

今日はご飯、ふりかけ(又もらいもの)白身魚のホイル焼き、ホウレン草と人参のおひたし、卵スープである。最初ゆっくり食べさせていたのだが、ペースが早い早い(笑)あっという間に全部間食、残りのジュースも飲んでしまいました。たくましい奴である。

そして帰宅時間が迫っていた。今日はずっと側にいてあげたかったが、そうもいかず、7時30分頃から「明日帰れるからね。」と説得するも「帰っちゃいや〜(T_T)」と泣かれてしまった。覚醒時間が遅かったせいで、帰宅前に眠る事が出来なかったのである。説得が40分を経過した頃、看護士さんに御願いし、後ろ髪を引かれる思いで病院を後にした。明日は早く迎えに行ってあげよう。Shi-マンがんばれ〜!!
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2004年11月10日 (水)

検査入院2日目

今日は午後からの面会時間からしか行けないので、午前中の時間を使って山のようなメールの返事とつぶやきを書くべくPCの前でバシバシ音をたてながらキーボードにひたすら打込み、風呂へ入って10時30分頃出動。五十日だった事もあり、京葉道路は花輪から乗った。渋滞もなく、順調な滑り出しであった。が!池袋方面で事故があり、錦糸町から8kmの渋滞...渋々錦糸町で降りて下を走った。思ったよりも空いていたので、予定時刻に虎の門病院に到着!コンビニで購入しておいた昼ご飯を車内で済ませ、病棟へ向かった。

到着早々Shi-マンがプレイエリアにいたので、肩を叩くと
「もう!来るのが遅いよ〜(○`ε´○)ぶーっ」と言われてしまった^^; 初めての御泊まりだったのに心配して損した気分である(笑)
丁度お昼時だったようで、Shi-マンのトレーを見ると、サンドイッチしか食べてない「全部食べないとダメ〜」と手話をすると、彼女も渋々テーブルに着く。そして食べさせようとしたのだが、一向に食べてくれない。今日はサンドイッチと、キューリとレタス(味なし)グリンピースの裏ごしサラダ?カブの煮びたし、牛乳であった。食べてくれないカブとグリンピース「ちょっとだけ」と言っても両手で口を塞いでしまう。どれどれと我輩も味見をしてみた....やっぱり不味い(笑)我輩でも食べたくない(笑)で、仕方なく、残す事を承諾し、生野菜だけは食べてくれた。

そして2時30分頃先月のレントゲンで肺に影があるからもう一度検査をする事になり、一路1階の撮影室へ、Shi-マンも慣れたもんで、「冷たい〜」と言いながらも撮影終了、その後は病棟で時間潰しをした。
白血球数も高いとの事で、採血もした。
そしておやつの時間、今日はケーキであった。昼間食べなかった事もあり、ペロッと食べてしまった(笑)

おやつの時間から夕食の時間まで約3時間、我輩はひたすら「動物のお医者さん」を読みふけっていた。当のShi-マンは、ビデオ鑑賞をしたり、持参した100円ショップで購入のお気に入りピンクのワンチャンとぬいぐるみ遊び、とあちこち徘徊していた。お隣のお友達が今日は術日でお部屋で静かに寝ていたので、遊びはもっぱらプレイエリアであった。我輩もShi-マンが移動する度に漫画本を持参してあちこち移動、じっとしていられない5才児である(笑)

そして5時前になり「おなかすいた〜」と「ジュース飲みたい!」を連呼しはじめた。検査入院という事もあり、飲食物は持込禁止だったので、牛乳以外の飲み物はお茶かお水である。そして昼間の食事量を思うとやはり全然足りてない訳で^^;後1時間を何度言ったことだろう(苦笑)

そして5時30分頃にShi-マンが病室へ駆けこんで来た。

「ママ〜ご飯だって〜(^ー^)」

思わず笑ってしまった。よほどお腹が空いていたんだろう(笑)今日はご飯、焼き魚、ゆで卵半分、白菜の煮びたし、ブドウゼリーであった。早くもゼリーを食べたいと言い出したが、全部食べないとダメと取り上げた。色々やりながら、ご飯以外のものを食べていく。でも最後に煮びたしを拒否しはじめたので、泣き寝入り作戦である。食べてくれないから嘘泣きをすると彼女は仕方ないな〜と食べてくれるのである。演技派のめがなり(笑)そして全て食べ終え、ゼリーに手を伸ばす。本当に嬉しそうに食べていた。それも好物のブドウ物である。昨日同様完食なり〜(笑)

そして消灯前に翌日の検査に備え、絶食になるので、栄養ドリンクならぬジュースの許可をもらう。もちろんブドウジュースである。だいたい200cc飲めば良いとの事で、コップ1杯を飲ませた。あっという間に飲んでしまい、「もっと飲む〜」と催促^^;看護婦さんから追加の100ccをもらい飲み干してくださいました。

その後検査担当の熊川先生と麻酔の先生から明日の説明を受け、7時30分頃から寝かし付けスタート今日も10分程度で寝てくださいました。明日は8時に病院へ行かねばならず、5時起きである。起きれるかの〜^^;Shi-マンも頑張ってもらいたいなり〜
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2004年11月 9日 (火)

人工内耳 検査入院

朝5時30に起床して6時30頃にShi-マンと都内虎の門病院へ。今日から検査入院である。人工内耳が装着可能かどうかを調べるもの。今日は割と道路も空いていたので、8時15分には小児科外来へ到着した。「外来は9時からです」との事で、待つ事1時間検査前の健康診断を受けた。リンパ腺の腫れはまだあったものの、問題無しと診断を受け、入院病棟へ行く。

Shi-マンには、あらかじめ入院の事を「3回御泊まりしたらお家に帰れる」と伝えておいたので、「早く御泊まりとこ行くの〜」とか「今日はお風呂入る?」などやる気満々である(笑)

小児病棟なので、入院部屋には、テレビとビデオが設置されており、広いプレイエリアも確保されていたので、嬉しそうにあちこち徘徊していた。

先月外来で心電図、採血、レントゲンは済ませていたので、今日はな〜んもする事がなくなり、ひたすら時間が経つのを待つばかりであった。子供のベットを借りて何度寝ようと思った事か(笑)

12時頃入院後最初の食事となる御昼ご飯が到着。動ける子供達はプレイエリアに設置されていたテーブルに移動して皆で給食状態になる。お昼は、ご飯、マーボー豆腐、トマトのヨーグルトサラダ、みかん。サラダ以外は、全部食べてくれた。問題のサラダを口に入れると「うぇ〜不味い!」と言ってそれ以降断固拒否状態。我輩も味見してみると...マジに不味い(笑)甘いヨーグルト味の後に野菜の風味がやって来るのである。身体に善さそうではあるが、我輩でもお断りな代物であった( ̄∇ ̄;)

そして午後もひたすら時間潰し、Shi-マンは同室の女の子達とあっちこっち遊びの為に移動していた。幼稚園生活のように御満喫である。そして3時のおやつシュークリーム完食(笑)

その後、担当医の先生から入院中のスケジュールの説明受け、何もする事が無い〜と思いきや急きょCT検査が空いているのでやる事になった。睡眠剤無しでやる事になったので、動くと何度もやり直しなってしまう。それはまずいという事で、鬼の母が検査中付き添う事にさせてもらった。防護服を着ると
「お母さん顔だけは防護出来ないんですよ〜スミマセン」と...

今さら顔なんかどうでもええがな( ̄∇ ̄;)ハッハッハ嫁入り前じゃあるまいし、お父さんだし(爆)Shi-マンも頑張ってくれて1回で問題なく撮影成功!ただ、残念なのが、デジカメを持参するのを忘れてしまったので、検査風景を撮影出来なかった事が悔やまれる(なんのこっちゃ(笑))

検査の後は、たた時間を潰す事だけ考えていた(笑)Shi-マンは同室の女の子とあちこち移動しながら遊んでいました。プレイエリアで同室のお母さん方と一緒の時は「ここで寝かせて欲しいよね〜」なんて、皆する事が無くて退屈状態であった。我輩も昨日午前3時まで起きていて、朝5時30分起きだったので、脳味噌が機能停止まで後●●分状態(笑)何とかしなくてはと、プレイルームにあった漫画本の山から「動物のお医者さん」を読み始めた。我輩はどんなに眠くても、映画や読書を始めると耐える事が可能な人なので(笑)暇つぶしグッズが沢山あって嬉しかったっす。

そして6時頃に夕飯が到着、メニューはご飯、ホウレン草とおふのみそ汁、ナスの煮付け、白身魚のタルタルソース、ゆでキャベツ、同室のお母さんに頂いた韓国風のりである。Shi-マンものの見事に完食(笑)

04そして7時頃から子供達を寝かし付ける作業に皆入る。添い寝するお母さん方ばかりであった。いつもならShi-マンもそうするのであるが、Shi-マンのベットは旧式のもので、我輩が一緒に寝るとギシギシいいそうだったので(笑)扇子で仰ぎながらトントン身体をたたくだけにしていた。Shi-マンも朝6時に起きた事もあって、ものの5分程度で夢の中へ...いつもでは考えられない事である。付き添いは夜8時までなのだが、我輩は7時30分頃先に帰らせてもらった。明日は12時からの付き添いなので、ゆっくり出来る。

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2004年11月 8日 (月)

悲しい気持ち

先日ファブリー病患者とその家族の会の名誉会長の佐々木さんの奥様より我が家に電話があった。佐々木さんの悲報である。11月6日に天に召されたとの事。

先月10月16日にファブリー病セミナーで御会いし、久々にお話をしたばかりだった。佐々木さんとは、数年前のリピドーシス研究会で御会いしたのをきっかけに、年賀状のやりとりをしていた。又今回のファブリー病セミナーでは初めて奥様ともいろんなお話をしたばかりだった。そんな矢先の事である。電話口で我輩は呆然としてしまった。まだ50才の若さであった。

今年の4月からやっとファブリー病の酵素補充療法が認可され、保健適応になり、さあ、これからという時だった。ファブリー病はゴーシェ病とは又異なる全身症状があり、又かなりの痛みを伴うもの。それに何十年も耐えてきて、頑張って生きてこられたのに...

そして、今日佐々木さんのお通夜に参列してきた。佐々木さんの遺影は皆に微笑みかけているとてもいい写真だった。昨年10月の同居の義父の遺影とだぶってしまった。佐々木さんの人柄を伺えるように参列者もかなりの人数だったように思う。

難病患者さんの悲報を聞く度にいつも言ってるけど、本当に1日も早く皆が病気に怯える事なく生きて行けるようになってほしい。又患者を支える家族も安心していけるようになってほしい。
佐々木さんの御冥福をお祈り致します。

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おたふくじゃなかった^^;

先週の木曜日に千葉こどもの高柳先生から血中のIGMは陽性、IGGは陰性と結果を聞き、では何なんでしょう^^;って事で、再度本日血液検査をした。
すぐに結果のわかるCRPは、前回の11月1日が3.28だったものが、1.22となっており、何にしても大丈夫状態になっていた。又この日耳鼻科を受診して診てもらったところ、耳下腺ではなく、リンパ腺が腫れていた事が判明、そして耳鼻科の工藤先生曰く「おたふくも、約5割は発症するけど、残りの5割はおたふくの象徴でもある耳下腺が腫れる症状も出ない事がある」との事。そしてShi-マンはかなり前にその症状無しのおたふくになった事があったようである。一応大事を取って先週月曜日から今日まで幼稚園は休ませたなり。そして明日から検査入院なので、2週間の秋期休暇となったなり^^; 後考えられるのは、Ebヴィルスとの事。あまりいい響きのヴィルスではない。都内のT大学病院でBeたんがこれかもという事で無駄な検査入院をしたヴィルスなのである。 まあ何はともあれ、一安心したなり

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2004年11月 4日 (木)

本当におたふく〜?

今日は2週間に一度の酵素補充デー。我輩よりも早起きしたBeたんは、昨夜のリクエストであるカップうどんを半分平らげておりました。そして千葉こどもへ行く車中でもコンビニおにぎりと、ブリトーをペロリ(笑)もう大丈夫だろうと、安心した時でありました。

到着後色々と嘔吐の原因を担当医の高柳先生、看護士さんと考えてみた。数日前に2日連チャンで食べたゆで卵2個の影響か、全身蕁麻疹が出て、抵抗力が落ちている時に、生まれて始めて食べたカキフライがまずかったのではと推測^^;血液データー的には、何の異常も見られなかったしね。今度体調の良い時にもう一度カキフライにトライして結果を見る事になった(笑)

Shi-マンのおたふくは、高柳先生もおたふくだろうな〜?とクエスチョンマークである。痛みは無いし、本来腫れるであろうホっぺじゃなくて、首が腫れてるし。とりあえず、血液検査で抗体が出来てるか調べる事になった。結果は3日程度要するので、高柳先生がメールで連絡してくれる事になった。本当におたふくじゃろうの〜^^;

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追記 嘔吐じゃ〜 

Shi-マンがおたふくを発症した翌日は、Beたんの看病からスタート( ̄∇ ̄;)
原因不明の嘔吐が朝から晩まで続いたのである。とりあえず脱水症状にならないように、スポーツドリンクをこまめに飲ませた。飲んでしばらくすると「げ〜」である。途中お腹が空いた〜と言ってきたので何食べたい?プリン?ゼリー?と聞くと「塩おむすび〜」(笑)こんな時なのに、銀シャリ命の奴である
で、一口大の塩おにぎりを作って一つ食べるも、結局それも嘔吐してしまう。最後に吐いたのが夜の10時頃で、その時にも「お腹すいた〜」と言ってきた今度は何食べたい?と聞くと「カップうどん!」( ̄∇ ̄;) そんなアンさん、消化の悪いものをリクエストして....母は心を鬼にして、「今日は又ゲーになるから、寝なさい」と何も食べさせず寝かせました。早く良くなるといいなりね〜

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2004年11月 2日 (火)

おたふくらしい(笑)

やっとこさ、Shi-マンが痛みを訴えて泣きながら起きてきた。この日は、いつもと違って食欲もなく、でもゼリーとかうどんはちょこちょこ食べてましたが、日常のShi-マンでは考えられない程の少量の食べ方であった。が、この時やっぱりおたふくなんだろうな〜と実感!反応鈍すぎである(笑)

いつもは断固拒否する冷えピタを本人自ら「冷たいの張って!」と言ってきたぐらいである。よっぽど痛かったんだろうな〜。
Beたんはこの日から元気に学校へ登校してくれました。

今日は昨日の痛みは何処へやら^^;ケロッとしておりましたが、家から出られないので「早く幼稚園行きたい〜!」としきりに言っておりました(笑)
今回は、2人共に具合悪くならずに済んだので、我輩も余裕を持って看病出来たなり。でも同時になるなよ〜って思ったなりよ^^;

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